突然ですが、ちょっと思いついたので、学歴のお話なんぞ。

今回はちょっとダークかつ無駄に長文でお送りします。
あ、ちなみに、わたしの学歴なんですが、高卒です(先に言っとく派)。普通になんの取り柄もない公立高校の普通科。
故に、正直、学歴に関してはあまり人前で胸を張って言えたものではございません。
わたしが高校を卒業した当時…1990年代の大学進学率はどうやら30%台だったようですが…
文部科学省のデータによると、昨今、大学進学率が男女ともに50%を超えているそうな。
そうなると、当然、会社も含めて、周りの人たちは、あたりまえのように大卒の人たちばかりになってくるわけです。
しかも、誰もが知る有名な大学出身の人の、まー多いこと。

まぁまぁ、肩身が狭いよねw
そうは言っても、ぺこぱじゃあるまいし、時は戻せない!
本音は大学に行きたかったなーとも思うんだけど、いろんな事情を考慮して、結局最後に諦めたのは自分自身。
…なのであるからして、そこは自分の中で折り合いをつけるしかない。
っていう、そんなお話です(どんなだよw)
なんで大学に進学しなかったのか
わたしが高校を卒業した1990年代の大学進学率は30%台だった…というのは、あくまでも数値上のオハナシ。
わたしが通っていた高校は、府内では一応進学校の部類に入っていたため、9割以上が大学・短大・専門学校へ進学し、残り1割弱が就職するという感じでした。

当時の友人の中でも就職した人はわたし以外にいなかった。
就職しなかった理由はいたって単純明快
- 金銭的に進学費用が賄えなかった
- 家族に進学を阻止された
- バブルはじけた直後で就職する方がお得な気がした
キャンパスライフに憧れはあったんだけど、その時は泣く泣く?諦めたのです。
金銭的に進学費用が賄えなかった
お金がない←これがいちばんの理由w
わたしは中学生の頃に、両親を亡くしているので、それからは兄と二人暮らしでした。
当時の兄も高校生だったし、両親に生命保険があったわけでもなく、遺族年金だけで生活をするのが精一杯。
そんな状況だったので、高校を卒業したら就職する以外に選択肢はないと思ってました。
一応、高校の先生も奨学金の話とともに進学を勧めてはくれたけれど、

え、奨学金って借金でしょ?返済しなくちゃなんないんでしょ?
貧乏生活が根付いてしまったせいか、借金するなんてとんでもない!という感情が先立ち…
あ、返済不要の奨学金も申し込んだんだけど、審査に落ちたのですよねぇ。
金銭面じゃなくて成績でアウトだったのかもなー笑(理由は謎)。
家族に大学進学を阻止された
高校卒業後は就職が本命ということで、手始めに公務員試験をいくつか受けることに。
わたしが卒業する数年前に、兄も公務員試験を受けてそれなりに苦労しているのを見ていたので、そんな簡単には受からへんやろな、と思っていたら…これが、何故か受かってしまったのですね。
公務員だと、昼間は仕事でも夜間大学に行くという人がけっこう多かったので、昼が無理なら!と、夜間大学への進学も視野に入れていました。
夜間大学なら、自分が働いたお金で学費を払うわけなので、それならなんとかなるだろう、と。
しかしちょうどその時期、その2年前に同じ公務員+夜間大学の道を選んだ兄は、仕事と学業の両立が(たぶん)精神的にしんどくなり、大学を中退することに。
その途端、わたしの夜間大学への受験は「大学なんて行っても無駄!行く意味なんてない」と阻止されるようになります。

それでも行きたかったら、自分で働いたお金なんだし、反対を押し切って行けばいいじゃん

そう考えるのが自然だよね(棒)
当時の兄の意見は、我が家(といっても2人だけどw)では絶対的なものでした。
両親を亡くして、兄はきっと「自分が親代わりになって、きちんと妹が自立するまで面倒みなくちゃ」と思っていたはず。
そのプレッシャーもあってか、わたしの行動や考え方のすべてにかなり口うるさく、自分の中での正しいと思う価値観を押し付けるようになっていました。
それは対話ではなく、口ごたえは許されない、イエスといえば満足だけど、口ごたえしようものなら殴り、謝っても気が済むまで何時間でも説教をする。
そういうのが日常的に行われていると、自分の意見は一切持たずに、素直に言われたとおりに生きる(フリをする)のが最適な方法で、自分にとっての「生きる道」なんですよね。
自分でお金を稼いでいない身分では、逃げることもままならないから、ここにいるしかない。
…というか、だんだん逆らう気力もなくなるんですよ、どうせ無駄だから。死んでないだけで生きている気もしない状態っていうのかな。

よく虐待やネグレクトに遭ってる人に、死ぬ気になれば!とか、逃げろ!とかいうけど、いや無理だからwwwって思ってる
当時はDVなんていう言葉がなかったのだけど、まさにそれだったなと今は思う。
…と、まあそんな人に逆らってまで「いや、大学行きたいねん」って言っても暴言吐かれるだけだし、なにされるかわからない!
そんな理由で、センター試験(当時)の受験料3万円払ったけど、受験しませんでした。
たかが兄妹でそんなことある?異常でしょ?と思われるかもしれないし、正直かなり歪な兄妹関係だと思う。
本人(兄)は表向き「妹のためを思って」やってるんだけど、きっとしんどかったんだと思うのよね。
高校生の頃からそんな責任押し付けられて、本音はたまったもんじゃないって思ってるけど、真面目だから投げ出せないし、嫌とも言えないし。
その鬱憤を暴力と言葉で制圧して晴らしつつ、妹をそれなりにちゃんと成人させるのが自分の役目だと言い聞かせて、自分自身を保ってたんだろうなとも思う。

もちろんわたしもたまったもんじゃないから、誰も幸せじゃないというw
さすがに今はお互いに結婚して家庭もあって、そんな口出しはされないけれど、今でも、いやたぶん一生、兄には本音を語れないだろうなぁ。
バブルはじけて就職する方がお得な気がした
1990年の前半といえば、かの有名なバブルさんがはじけ散った直後くらい。
その頃は、まだ高卒公務員の合格率は今ほど厳しくなかったのも幸いして、合格できちゃったんですよね。

当時のわたしと比べると、今の高卒の子はホント優秀!雲泥の差なので誤解なきよう
バブルがはじけて、これから就職難になるのが目に見えている状態で、めちゃくちゃ優秀でもないわたしが、例えば大学の4年間を過ごした後に就職するとしたら…?
そんな簡単に就職できるとは思えないし、もちろん大卒で公務員なんてさらに狭き門になるし、絶対無理。
そもそも就職しないと生活もままならないので、選択肢自体があらへんがなwというのはさておき、
無理に大学に進学したからといって、今目の前にある公務員よりいい未来が待っているとは思えない。

注釈*なお、この場合の「いい未来」は、安定した収入のみを述べています
大学に進学できるわけじゃないけれど、仮に進学できたとしても、きっと今就職してしまう方が安定しているし、今みたいにお金に困ることもないだろう。
将来的にお得なはず…うんそうだ、そうに違いない。
パラレルワールドがもしあったなら、どんな未来になっていたのかはわからないけれど、
どうせ、やりたいこともないし、仮にやりたいことがあったとしても、収入を度外視してできるようなご身分じゃないしなー
そうやって自分を納得させることで、自分は正しい選択をしたんだと思うことにした。
この頃から打算的というか、物事を損得勘定でしか考えてないよな…って思うんですけどね。
大学に行きたいならいくつになっても行けるでしょ?(いや、無理)
そうやって、夜間の大学も諦めて公務員として働き、数年後に結婚するわけですが。
まあ、ぶっちゃけ早く家を出たかったんですよねw
あの兄だから、一人暮らしなんて簡単には認めないだろうし、家を出るためには「結婚」するしかない。結婚するのが手っ取り早かったのです。
しかし、結婚すれば自由になれると思ったのだけど、甘かった…
まだまだ世間は専業主婦も多い時代だったので、結婚すれば女性は家庭が優先のイメージがまだまだ周りにはあったんですよね。ザ、団塊の世代に囲まれて。
バリバリ働くことも歓迎されず、仕事終わりに食事や飲みに誘うのも憚られて、子どもができると仕事からの家事育児がのしかかる(もちろんワンオペ、実家なし)。
ましてや大学のことなんて、もうすっかり忘れ去ってしまうほどの忙殺された日々の中で、
いつか、子どもの手が離れたら、あの時行けなかった大学に…
いやいや、そんな余裕ないです(キッパリ)
大学ってのは、もちろん学びに行くところというのは百も承知で、たとえば大学の過程を終えないと就けない職業だとかであれば、いくつになっても行く価値あると思うんです。
しかし、わたしの場合はそこまでの野望はない。
キャンパスライフを楽しみたいなんて、20歳前後のアオハル真っ盛りのあの頃に行くからこそ意味があるわけですよ。
大学のキャンパスで、キャハハウフフしたいから行くわけですよ(しつこい)。
子持ちのおばさんが興味本位だけで行くところではない(断言)

動悸が不純だろw

なんとでも言えw
だいたいね、これから子どもの学費を貯めにゃならんのに、自分の変なコンプレックスのためだけに大学4年間の学費なんか払えるかっつーの。
そう、子どもたちには大学に限らず、お金が原因で進学などやりたい学びたいことを諦めてほしくはないですもんね。
学歴コンプレックスとの闘い
公務員であれば、仕事の繁閑ややりがいなどなどはさておき、一応男女平等だし、それなりに昇給もして安定した収入が得られる。
周りが協力的かどうかはさておき、産休や育休もきちんと取らせてもらえたので、働きやすさでいえば、かなり恵まれた方だと思う。
でもそのうち、感じるんですよね。
高卒と大卒はスペックも扱いもぜんぜん違うということを。
当然、同い年でも大卒の人の方が断然早く出世するし、自分が年齢を重ねていくと、年下の上司だって増えてくる。
出世欲はあまりない方だから上司が年下でも後輩でも全然いいんすよ?
だけど、自分がいくら頑張ったところで、同じようには評価されないのも事実としてある。
ホントに文字どおり、目の前に敷かれているレールが違うってこのことだなって。新幹線と在来線くらい違うし、そもそも終着駅が違う。
かたや、「のぞみ東京行き」なのに、わたしが乗っているのは、なんだろな。
うーん、大和路線とか阪和線?せいぜい奈良か和歌山くらいまでしか行けないやつだ、コレ。(※大阪を起点にしてます)

大卒の部下に学歴マウント取られることもあったりするw
それにやっぱり、一緒に仕事してると頭脳の出来の違いというか、彼らの地頭の良さをまざまざと感じるわけです。
自分だって、彼らが大学で勉学に励んだ4年間、その分早く就職して社会に揉まれてきたんだから、卑下することもないじゃん!
…という気持ちも少しはあったけど、だんだんその4年の差が大きく感じられるようになってくるのです。
だからといって、今から大学に行ったところで永遠に埋められない4年間。
ここにきて初めて、「あ、やっぱり大学行きたかったな」って思うわけです。
出世できないとか収入がどうとかよりも、どれだけ努力しても実質的にそれを評価できるライン(上限)が決まっているという事実。
大学だっていろんなレベルの学校があるとはいえ、「大卒」と「高卒」という括りが存在する以上は、わたしは高卒なんだという現実。
そして、圧倒的な知識の足りなさ。
あーもうちょっと勉強したかったな。
でも、高校卒業したての18歳じゃなくて、いろいろと経験してきた今だからこそ、そう思えるんだろうな。とも思う。
最後にたどり着いたのは「資格」だった
大人になって一旦就職してしまうと、学歴なんて他人にひけらかすものでもないので、これといってなにか支障があるわけでもないんですよ。
ちょっと自分が心の中で卑屈になるときがあるくらいでw

学歴の出番って、転職したり、婚活したりする時くらいじゃない?
高卒であっても、今の仕事でとくに収入には困っていないし、むしろ手に職もないただの高卒女子(しかもとうが立っている)にとっては、今の仕事を辞めたとして、もっと好条件な仕事があるとは思えない。
能力よりも年月でキャリアアップしてきたといっても過言ではないので、辞める=すべてのリセット(キャリアも収入も)に他ならないわけです。
例えば、仕事が嫌とか人間関係がどうとかメンタル病んだとしても、そう簡単には辞められない。
生活するためには、現状にしがみつくしかない、となんとなく思ってる。
実際は辞めたとしてもなんとかなるのだろうと思うのだけど、過去に崖っぷち生活を経験した身としては、再び路頭に迷いたくはないんですよね。
それなりに経済的にも自立して、自分の意思を持つなという精神的抑圧から逃れられても、心のどこかで、自分のやりたいことよりも安定を選ぶのが正義だと思ってしまうし、失敗したらどうしようとか、冒険するのが怖い。
自分には何も誇れるものがないから、そうやってぼんやりとした不安をいつまでもずっと抱えてる。
どうやったら、この得体の知れない不安から逃れられるのか…と考えた時にふと思ったのが、
それなら「資格」を取るというのはどうだろう?
ということでした。
もちろん資格があったからといって、今の仕事辞めても大丈夫!とか、路頭に迷わないとか、思っているわけじゃない。
人生バラ色が保証されるわけでもないのも、知ってる。
ただ、自分に多少なりとも自信はつくんじゃないかとは思ったんですね。
今までたくさんのことを、その都度何かのせいにして、自分には無理だと言い訳して、ぐうたらしてダラけて、諦めてきたけれど、諦めずにやり通せばなにか自分の中で変わるんじゃないか。
趣味とかライフワーク的なものを模索した時もあったけど、結局根底にあるのは劣等感と自己肯定感の低さなんですよね。
運動もできない、楽器もできない、歌も歌えないし踊れない。字も下手だし、絵は好きだけど上手くない。料理も義務的にやってきたから楽しさを見出せない。
特技というものが何もないし、さてどうしたものか…
ちょうどその時、転勤になって衛生管理者の資格をとらなければならなくなったのもあり。
そうだ、大学には行けないけれど、勉強して資格を取ればいいんだ、と。
資格を取っても、資格手当みたいなものはないし、会社で評価があがることもない(たぶん)
でも、勉強は嫌いじゃないし、もっといろんな知識をつけたいと思っていたので、やってみる価値はあるんじゃないか。
単なる自己啓発よりも、「資格」という目に見える成果があった方が頑張れそう。

結局、自分自身を認めるためには、客観的に認められた証があった方が自信に繋がるんではないかと。
それで、衛生管理者は業務上必要で取得したけれど、その後は自分が興味のあるもの、学びたいものにチャレンジすることにしたんですね。
気がつけば、「社会保険労務士」という難関資格にまで手を出す始末。
ちなみに、社会保険労務士は受験資格があって、基本的に大卒じゃないとダメなんですよ。
ただし、実務経験枠というのがあって、
国又は地方公共団体の公務員として行政事務に従事した期間及び行政執行法人(旧特定独立行政法人)、特定地方独立行政法人(旧特定独立行政法人)、特定地方独立行政法人又は日本郵政公社の役員又は職員として行政事務に相当する事務に従事した期間が通算して3年以上になる者
社会保険労務士オフィシャルサイトより引用
安定(収入)だけを動機に、成り行きでなった公務員だったけど、こんな形で有効活用できるとは。
それに、基本大卒じゃないと受験できない試験に合格できたら…少しはあの4年間を取り返せたような気になりそうでしょ。

それって、究極の自己満足じゃないw?

まさしく、それなw
もちろん、社会保険労務士を受験しようと思った理由はそれだけじゃないけれど、いろんな動悸があってもいいよね。
という、謎の学歴コンプレックスと闘いつつ、勉強にうちこむ日々です。
冒頭で長文覚悟っていいながら、他の記事も負けず劣らずのなかなかの長文やったわ(メンゴ!w)
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